京都を彩る建物と庭園

認定 小川家別邸

(おがわけべってい)
[Ogawake bettei]
所在地 左京区  選定番号 第8-011号

推薦理由(抜粋)
 小川為次郎の妻 小川むらが,為次郎の死後,ひとりで住むために建てられた木造平屋の住宅。息子小川睦之介(ちかのすけ)が住む鹿ヶ谷に近い白川の地に昭和9年(1934)に建てられた。設計は藤井厚二,大工は北村伝兵衛など,小川むらが一流の人を集めた。



認定番号 第136号

認定理由
 百三十銀行副頭取,阪神電鉄取締役をつとめた実業家・小川為次郎の妻・ムラの隠居家として建てられた。為次郎逝去後,ムラは神戸市御影の邸宅を手放し,長男・睦之輔が住む京都に終の棲家を求めた。小川睦之輔は,京都帝大医学部教授をつとめた解剖学者で,本宅は武田五一の設計による洋風住宅(大正11年建築)である。小川家の界わいは,大正15年(1926)に日本土地商事株式会社によって分譲された住宅地で多くの学者や文化人が住居を構えた。
 建物は藤井厚二の設計,棟梁・九代目北村伝兵衛の施工により,昭和9年(1934)に完成している。ムラは藤井の設計に対して逐一注文を出し,度々変更が加えられたという逸話が残る。
 木造平屋建,桟瓦葺で,東西に雁行しながら棟が延び,南側には植治が手がけた庭園を配する。玄関から奥に廊下が延び,廊下の南側に居室空間,北側に女中室や水廻りを置く平面構成をとる。応接間は天井を網代,壁面は「鳥の子紙」張りで,押板風の床(とこ)や造付けの長椅子を備えるなど藤井の作風があらわれている。一方,居間は,絞り丸太を用いた床(とこ)と付書院など残月の写しを連想させる意匠である。最も奥には閑室(かんしつ)を設ける。閑室とは,茶道のしきたりに縛られない自由な形式の茶室という意味で藤井が好んで使用した室名である。建築,庭ともに名工のもと,よく吟味された仕事がなされた,極めて質の高い住宅建築であり,高く評価される。

参考 国登録有形文化財(建造物)