京都を彩る建物と庭園

認定 山口書店
(やまぐちしょてん)
[Yamaguchi-shoten]
所在地 左京区  選定番号 第10-016号

推薦理由(抜粋)
山口書店の創業者・山口繁太郎の居宅で,現在は社屋となっている。新棟は山口が同郷で交流のあった版画家・棟方志功の滞在用に,戦前の建物を昭和30年代に改修したもの。



認定番号 第231号

認定理由
 昭和9年(1934)頃に白川通が整備され、区画整理事業が進んだ北白川住宅地の東端に位置する。山口書店は、青森出身の山口繁太郎が、昭和16年(1941)に創業した出版社である。繁太郎は労農運動に参加したことを契機に、大学教員の論文出版を手掛けるようになった。後に『北白川こども風土記』(昭和34年)を出版したことでも知られる。昭和19年(1944)頃に現在地に居宅を建て、同28年には社屋も居宅の東隣(現喫茶店棟)に移転した。繁太郎は昭和14年(1939)に青森市内で開かれた個展で同郷の棟方志功と知合い、意気投合した。二人は親交を深め、棟方の随筆集『板散華(はんさんげ)』は山口書店が刊行している。棟方は関西を訪れる際には度々繁太郎の居宅に滞在した。このため、繁太郎が棟方の滞在用に旧社屋の東隣に建築したのが現在の山口書店の建物である。家族がこの建物に入ることは、繁太郎から禁じられていたという。
 登記簿資料から、昭和13年(1938)頃に建築された木造2階建の建物を同34年に購入し、改修したと考えられる。昭和40年(1965)には病を患った繁太郎を励ますため、棟方が同建物の襖や板戸に肉筆画を描いたが、繁太郎はほどなく没した。これらの作品は現在、パラミタミュージアム(三重県菰野町)に所蔵される。通りに南面して漆喰塗の白い外壁、2階に黒い格子を嵌める民家風の意匠を用いた外観を見せる。1階には応接室、和室、台所などが配される。応接室は、黒く塗った木部が漆喰壁と対比される意匠で、民家の根太天井を思わせる独特の天井とする。2階には和室2室と洋室を設ける。2階表側の8畳間は、棟方が画室として用いられたことが古写真から分かる。和室は木部を素木とするが、天井は根太天井を思わせる独特の意匠である。こうした意匠は、民藝運動のメンバーらによる建築作品にしばしば確認される。
 山口書店は、版画家・画家であった棟方志功と彼と厚く親交した施主によって残された建物である。民藝運動にとどまらず近代京都の文化史の場としても重要である。