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太平治家(たへじけ)[Tahejike]

所在地
 左京区
 
選定番号
 第6−006号
  


推薦理由(抜粋)
 「太平治」を屋号とする石工の歴史を持つ建物。天保元年(1830)の地震後に再建されたと考えられる主屋奥には,江戸末期や明治初期の大火を免れたと伝わる二つの蔵がある。



認定番号
 第145号

認定理由
 太平治家は近江へ通じる志賀越(しがごえ)(山中越)道に面する北白川に立地する。同地は古くから白川の水流を利用した水車動力を利用した工業が盛んで,上流に花崗岩(白川石)が産出することから,石工を営む家が多いことで知られる。太平治家も代々石工を営み,明治期の第15代当主・磯五郎は,日本銀行本店(1896)などの近代建築の建設に際して石材の供給,加工に携わったと伝わる。昭和初期には白川石の採掘が困難となったため北白川の石工は減っていったとされ,太平治家も石工業を廃業した。
 建物は桟瓦葺の町家型の外観を有するが,屋根は片側のみ入母屋造としている。前面には深い庇を設け,かつては作業場であったとも伝わる。同地区は明治初期に「三助(さんすけ)焼き」と呼ばれる火災により一帯が焼失し,主屋はその後再建された建物とされる。主屋の奥の土蔵は火災の際に焼け残ったと伝わり,外壁には焦げた跡が残る。通り土間に3室を配する平面だが,広い土間部分を持ち農家建築の要素が強い。昭和36年(1961)に下宿・学生食堂を開業するため1階表側に増築されたが,近年当初の外観に復原された。
 北白川の石工を営む家で,生業と結びついた形式を伝える町家建築である。往時の地域の暮らしを伝え,また街道沿いの歴史的な景観の要素としても重要である。



 歴史的風致形成建造物,景観重要建造物



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